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CREATOR INTERVIEW VOL.11

面白いことはもっと自由にやればいい。 シフトブレインがオランダから仕掛ける世界への挑戦

SHIFTBRAIN Inc.

世界的アワード常連のシフトブレインがロッテルダムに支店を設立。
海外に大きく舵を切ったきっかけと、今後の展望に迫る。

デジタル領域を中心としたコミュニケーションプランニング、デザイン、テクノロジーを得意とするクリエイティブプロダクション、シフトブレイン。指針に掲げる、国も人種もメディアもデバイスも越えたモノづくり「NO BORDER!」を体現するように、世界的なアワードを数々受賞するなど、国内だけでなく海外からも高い評価を受けている。そんなシフトブレインは先日オランダ・ロッテルダムに支店を立ち上げ、本格的に海外進出を果たした。新たな拠点でこれから何を仕掛けていくのか?今回は代表取締役の加藤琢磨さん(琢は正しくは旧字体)と、CDO(チーフデザインオフィサー)の鈴木慶太朗さんに話を伺った。


会社の転機をつくったのは、メンバーの勝手な行動だった!?

Awwwards、CSS Design Awards、The FWAなど、Webクリエイティブアワードの常連であるシフトブレイン。世界から評価を受ける彼らには、国内の案件はもちろん、プロダクトの海外展開案件など、グローバルなプロジェクトでの実績も多い。直近ではフェリシモが販売する新しいタイプの積み木「KUUM」がそうだ。プロダクトデザインを手掛けたアメリカ・ポートランドのビジネスデザインファームmonogotoと連携し、商品の世界観を活かしたスタイリッシュなサイトを完成させた。

KUUM
KUUM

鈴木:KUUMは子供向けの知育玩具で、プロダクトのデザイン完成度が高い商品です。国外向けにWebでプロモーションを行いたいというシンプルな案件で、サイトを見る海外ユーザー向けに構成やトレンド感などビジュアルを最適化しています。

本案件を担当したCDOの鈴木さんは、日本人初のAwwwardsの審査員でもある。そして、シフトブレインが数々の海外アワードを受賞するきっかけを作ったキーマンだ。

加藤:5年ほど前から海外の賞を戦略的に獲りにいくようになりました。例えば、AwwwardsでSite of the dayを獲ると、とても多くのユーザーが僕らのサイトへアクセスしてくれます。同メディアのカンファレンスにも毎回参加しているんですが「シフトブレインのこと知ってるよ!」と各国のデザイナーやデベロッパーから声を掛けてもらうことも多く、賞の宣伝効果は計り知れない。受賞は会社として海外を意識し始める重要な転機になったのですが、きっかけは鈴木が独断で応募していたことでした。

鈴木:iPhoneが登場した辺りから、それまで主流だったFlashサイトが衰退していきましたよね。Webのスタンダードが変わっていくという時に海外をリサーチしてみると、これから面白くなりそうなアワードが複数動き出していて、さっそく自分たちがつくったものを応募してみたんです。いくつか受賞することができたし、かなり早い段階でコンタクトをとったんで繋がりもできました。その中の一つだったAwwwardsが今や世界的なメディアとなり、僕たちも知名度という恩恵を得られましたね。

チーフデザインオフィサー 鈴木 慶太朗さん
チーフデザインオフィサー 鈴木 慶太朗さん

鈴木:応募したのは、単純に海外に行きたかったからで、そこに繋がりそうな伏線を何パターンか考えて試していたんです。賞を獲って知名度を上げるプラン以外だと、カメラマンにキャリアチェンジするパターンなんかも考えてました。

加藤:それは初耳だ(笑)鈴木は面接に来たときから、今と同じ飄々とした雰囲気をまとっていたんですけど、デザインのアウトプットが先鋭的で面白かった。目の付け所がいいんですよね。そして情報収集の能力もずば抜けている。彼の動きが社内にもたらしてくれるものは非常に大きいです。

鈴木:昔からTwitterやfeedlyを使って、興味のある情報が集まるようにしていました。新聞を読むような感覚なので深く意識してはいませんが、トレンドについては日本に届くのを待たずに英語で情報をキャッチしていますね。Awwwardsを見つけたのもそこからです。最新の情報を収集して、アウトプットに活かすというやり方は、デザインをする上でも同じかもしれません。結果的に狙い通り海外に行けて繋がりもできましたし、自分の得意な分野のデザインを追求できるようになったので、ラッキーでしたね。

クリエイティブプロダクションとして世界に名を馳せたシフトブレインには、トヨタ自動車「LEXUS」のライフスタイルマガジン「BEYOND BY LEXUS」のグローバルサイトをはじめ、高級オーディオ機器ブランド「Technics」のIFA(ドイツで開催された世界最大のコンシューマーエレクトロニクス展)発表用スペシャルサイトなど、日本企業の海外進出に関連した相談が増加した。また、それだけでなく海外からの問い合わせも一気に増えたという。

Technics 50th Anniversary
Technics 50th Anniversary

加藤:海外からは毎月定期的に何件か問い合わせをいただいています。向こうの問い合わせは独特ですよ。問い合わせフォームから「お前たちのサイトはクールだな!」とか「仕事を頼みたいんだけど」ってたった一言だけのメッセージが来たりするんです。実際に案件化するのはその中の一部ですが、これまでロンドンのペットショップやマイアミのワインバーなど個性的なサイトを手掛けることができました。

気に入ったクリエイティブを見つけたら国など問わずに仕事を依頼するというフラットな姿勢には、いかにも海外らしさを感じる。

加藤:打ち合わせの仕方も面白くて「クリエイティブは任せるから、俺達のぶつけたい想いを聞いてくれ!」といった感じなんです。こうなったらパッションのぶつけ合いですよね。最初は日本の案件と同じく「課題は?目的は?」とヒアリングしていたんですが、なかなか上手く進まなかった。この辺りは場数を踏むことで少しずつ理解していきましたね。


可能性を模索するため、全員でロンドンへ

真剣に海外を視野に入れ始めた彼らは、2014年の2月から一定期間ロンドンにサテライトオフィスを設けた。「SHIFTBRAIN LONDON PROJECT」と題されたこの取り組みは、メンバー全員が交代でロンドンに渡り、滞在しながら働くというものだ。現在のビジョン“国も人種もメディアもデバイスも越えたモノづくり「NO BORDER!」”を掲げたのもこの時期だった。

加藤:経営者として、少し先の会社のことや業界のことを見据えたとき、海外というエッジを立てようと思ったんです。周りの制作会社に目を向けてみると、どの会社もすごい。それぞれが技術を持って、カッコいいものをつくっている。じゃあ僕らにしかできないことってなんだろう?ここから飛び抜ける方法は?と考えた結果、海外との良い関係を手にしていることに気づいたんですよね。そこでまずはロンドンに行こう、というのは少々飛躍しているかも知れませんが、ワクワクするじゃないですか。周りにも驚かれましたが、本気で海外を目指すという覚悟が社内にも社外にも伝わった良い機会でした。

SHIFTBRAIN UK | London 2014
SHIFTBRAIN UK | London 2014

加藤:ロンドンでの最大の目的は「働き方の実験」です。海外で働くってそもそもどうなんだろう?とか、日本と海外に分かれていてもスムーズに連携できるのか?とか、考えていても答えは出ないし、体感するのが一番早いですから。

鈴木:場所に囚われず仕事をするためにはどうすればいいか、感覚を掴む機会が持てたのは良かったですね。日本とは毎日Skypeミーティングをして情報共有は問題なかったけど、時差があるからロンドン側は朝5時に起きて…今思うとよくやれたなって部分もありますけど、これからの可能性を探るために色々試しながら考える場でした。

ロンドン滞在中はAKQAやUNIT9など錚々たるクリエイティブエージェンシーにも訪問。刺激的な体験が多かったという。特に制作の進め方に関しては、現在のシフトブレインの考え方の根幹に取り入れられているようだ。

加藤:向こうでは何よりも効率が大事。残業すると仕事ができない奴として扱われる、なんて聞きますよね。UNIT9さんを訪問した時、チームが10分ほど激論を交わしたと思ったら即座に制作に戻り、18時には仕事を終えて仲間たちと屋上でビールを飲む、といったスピード感を目の当たりにしました。その頃の僕らはいいものづくりをしたいと思うあまり、どうしてもあるだけの時間を制作に注いでしまう面があった。丁度こうしたスタイルの脱却を図っていたので衝撃的でしたね。

代表取締役兼プロデューサー 加藤 琢磨さん
代表取締役兼プロデューサー 加藤 琢磨さん

他にも、制作の正確な費用算出のため見積もりにも対価を貰うのが一般的なことや、当時まだあまり知られていなかったアジャイル型での開発を始めていたことなど、日本にはない考えやインパクトのある話が多かった、と加藤さんは話す。

加藤:AKQAさんやUNIT9さんからは色々とカルチャーショックを受ける話が聞けました。現地のあり方を直接教えてもらう貴重な体験ができたのも、ロンドンに行って良かったことのひとつですね。


そしてオランダにオフィスを設立。新たな挑戦が始まる

ロンドンでの経験を経て、シフトブレインは今年ついに正式な海外支社としてロッテルダム支店を立ち上げた。彼らが選んだのは、大きな需要から今後の市場成長が見込めるアジアや、最先端の技術やイノベーティブな企業が集結しているアメリカではなく、ヨーロッパへの進出だった。

加藤:売上が目的なら他の選択肢もあると思うんですが、最新のテクノロジーをキャッチアップしたい場合は、やはり欧米です。そして、アメリカは近年制作をインハウス化するトレンドなのに対して、ヨーロッパでは力を持ったエージェンシーが多い。Awwwardsのカンファレンスなどを通じて欧州各地に繋がりができていたのもあり、フランスやイタリアなど色々な国を調査しました。

鈴木:最終的にオランダに決めたのは、英語が通じるということと、立地ですね。ヨーロッパの中央に位置していて、どこにでも行きやすい。それもあり、各国の案件が集まっているみたいです。向こうでは国境をまたいで仕事をするなんて当たり前。言語の壁はあれど、それ以外はさほど変わらないと思います。

ロッテルダム支店
ロッテルダム支店

当面は、鈴木さんが日本とオランダを行き来しながら舵取り役を担うという。単刀直入に、オランダではどんなことを仕掛けていくのかを聞いてみたところ、日本とは異なる動き方をしていくのだと教えてくれた。

鈴木:せっかく海外に行くのに、日本でやってるのと同じことをしても面白くないですよね。向こうでは、クリエイティブディレクションを武器に、アイデアを持っているけどカタチにするのに困っている人の助けになれるような動き方をしたいなと思っています。例えば、つくりたいものがあって実際に企業と共同開発を始めている人が、Webでも何かをやりたいって時に僕らがジョインする。着想を具現化する手助けをしたいんです。

新たな土地で新たな試みを始めることに不安はないのだろうか?

鈴木:はじめは単身で乗り込むようなものですけど、これまでに築けた海外の人脈や自分の個人的な繋がりも頼りに、小さな規模からスタートできればいいかなと思っているので、そこまで不安や気負いはないですね。デザインは非言語コミュニケーションなので、そこへ集中することで今後の活路が開けると思っています。現地にいれば会社が新しい仕事に挑戦できる可能性も増えていくと思ってますし、出たとこ勝負です。

加藤:具体的な勝算なしに行くの?って思われるかもしれませんが、これも「実験」ですね。今後どんな風に発展していけるかを色々と試したい。他には、海外に拠点を持つことの副次的効果にも期待しています。ロンドンの時のように海外の実情をいち早くキャッチできることもそうですし、現地に法人があることだけも海外案件を受けやすいひとつの要因になるでしょう。国内の案件にもプラスに働くと思っています。もちろん一筋縄ではいかないでしょうが、鈴木には自由にやって欲しいですね。今回の試みが上手くいったら、また他の国にもオフィスを出したいなと思っています。メンバー全員が違う国にいたっていい。そんな会社があったら絶対面白いじゃないですか。


クリエイターのチャレンジを後押しできる会社でありたい

より一層活躍の場を広げていくシフトブレイン。今後どんな会社を目指していくのか、気になるところを加藤さんに聞いてみた。

加藤:海外で戦いたいクリエイターが集まる会社にしていきたいですね。いまはメンバーの半数以上が英語を使えるんですが、さらに英語力を上げていくため学習補助制度も準備しています。実は、僕やCOO(チーフオペレーティングオフィサー)の仲村の英語力は下から数えた方が早くて(笑)まずは僕たちが来週から2週間セブに語学留学するんですよ。

また、海外にまつわる別の取り組みとして、ワークスタイルのスタンダードを探求するメディア「WORKS GOOD!」の立ち上げも行った。国外の制作会社やフリーのクリエイターからプロジェクトの進め方などについての話を聞き、多様な働き方へのヒントを発信していくという試みだ。

WORKS GOOD!
WORKS GOOD!

加藤:日本ではまだまだ、固定観念に囚われた働き方からの脱却が進んでいない。そこで、僕らを含むクリエイティブな仕事をしている業界の人が「制作物だけでなく、働き方もクリエイティブに」と考えられるような情報を届けたいと思ったんです。

ワークスタイルに対して柔軟な考えを持つシフトブレインでは、オフィス内にあるカフェスペースでのフルーツ支給や、休憩とは別に昼寝ができるシエスタ制度など、メンバーの健康やパフォーマンス発揮のためのユニークな福利厚生が設けられている。また、副業推進やリモートワークなど、先鋭的な働き方も取り入れられているようだ。

加藤:時間を100%会社に費やすのではなく、自分自身がやりたいことを見つけ、もっと自由にチャレンジして欲しい。皆が仕事以外にも幅を持てば、趣味が副業としてビジネスになったり、さらには本業に返ってくるなんてこともありえるでしょう。働き方をもっと自由にして、クリエイターの夢を後押しできる会社でありたい。そのための挑戦を続けたいし、やってみてうまくいかないことは改良すればいいと思っています。面白そうなアイデアならまずは行動あるのみ。これからも「面白い」という感情に従って、色んな実験をしていきたいですね。


取材を終えて

日本から8時間も時差があるオランダ。遠く離れた地に行くのだから相当な準備しているはずだと予想していたが、彼らの姿勢は驚くほど身軽だった。面白そうなチャンスがあるなら試してみればいい。そのスタンスを貫けるからこそ、世界を唸らせるクリエイティブが生まれるのだろう。
取材・文:井澤 梓 撮影:川島 勇輝