CREATOR INTERVIEW VOL.14
緻密な根拠が挑戦を可能にする。 SIMONEが手掛けるブランディングの裏側
株式会社SIMONE
デザインの力で課題を解決し、ビジネスを前進させる。
SIMONEのクリエイティブにはすべて「根拠」がある。
国内外のファッション、ビューティー、ラグジュアリーブランド等の案件を多く手がける有限会社SIMONE。同社は、長期的な目線で組み立てるブランディングを強みとしている。これは「社会に潜むニーズを掘り起こし、ブランドの強みをいかに繋ぐのか」という想いのもと、ブランドの価値づくりによって、ビジネスを確実に成功に導くことをミッションとしているからである。そこで今回、クリエイティブ・ディレクターの渡辺琢磨さん、チーフ・プランナーである京樂里奈さんにSIMONEがいかにして「ビジネスとして成功させるためのブランディング」を手がけているのか、事例を交えてお話を伺った。
お客様に共感してもらいながらブランドイメージを変える、SIMONEのアプローチ
2016年に25周年を迎えた「IENA」のアニバーサリーサイトを手がけたSIMONE。主観的になりがちなアニバーサリー企画、それを消費者であるお客様に共感を得られるようにとったアプローチは、「ブランドのアイデンティティの再確立」であった。
渡辺:2016年にIENAさんがブランド25周年を迎えたんです。そこでこの機会に「もう一度、パリのカルチャーをベースにした、おしゃれなブランドだと再認識してもらえるようなアニバーサリーキャンペーンをやりたい」というご相談をいただきました。ブランドのアニバーサリーって、ブランド側からするととてもおめでたいのですが、お客様の関心からは少し遠かったりして、ただ打ち出しただけでは「へえ、そうなんだ」で終わってしまったりします。ブランド側だけ盛り上がっている感じではなく、もう一度、今の時代に受け入れられる「パリ」のムードってなんなのかを見直し、同時にIENAの強みであるこだわりのある服作りをしっかり伝えたいなと。
渡辺:近年、「IENA」には少しコンサバな印象があり、どこか大人しめな “いい子のお洋服” というイメージがあったかもしれません。でも、「IENA」はもともと一人のパリジェンヌの女性像から生まれた遊び心のあるブランドで、冒険もするけど女性らしさを兼ね備え、自分らしく強く生きる、そんなパリジェンヌがイメージです。そこで1年を掛けて12回に渡り「IENA」の掲げる12人の女性像を発信し、ブランドイメージのズレをなくしながらお客様との距離を縮めるコンテンツを企画しました。
京樂:「IENA」のターゲットは30歳前後ですが、どんな年齢でも素敵な女性というのがパリジェンヌですし、実際現地のパリジェンヌは白人の方だけではないので、振れ幅のある多様な女性像を紹介していこうというご提案をしました。単発のコンテンツでは選ばないようなエッジィなモデルも入れて、年間通して見るとIENAのブランドとしての余裕や振れ幅を感じてもらえると考えました。また、IENAはもともとWebやSNSでのスタッフのリアルなコーディネートが人気で、デジタル上にわかりやすいお洋服の着用写真は十分に発信されていました。なので、このキャンペーンのビジュアルは、あえて、もっとお客様のインスピレーションに繋がり、「IENAってやっぱりかっこいいブランドだ」と思ってもらえるような、ちょっと普通にはない、果敢なスタイリングを心がけて展開しました。
渡辺:「IENA、ちょっとイメージ変わったね」と思ってもらえるよう、これまでより少しチャレンジングなディレクションでビジュアルを制作していきました。スタイリングだけでなく、モデルにペルソナを設定し、パリのどのエリアに住んでいて、仕事は何で、洋服にどんな「こだわり」や「好き」があるのか。細かな女性像を一人ひとり設定し、目にしたお客様が感情移入できるような設計を意識して進めました。
京樂:最近、ある業界紙でもIENAが好調だと一面に取り上げられました。もちろん本キャンペーンだけの成果ではないのですが、ブランドがあらためてお客様の間で注目してもらえていることは、とても嬉しく思っています。
「挑戦的な企画」は、単発キャンペーンでは試しづらい
ファッション・ビューティ業界の案件を多く手掛けるSIMONEは、長期的なブランディングやキャンペーンを手掛けるのを得意とする。その背景にはファッションブランドならではの特性と、消費者であるお客様とのコミュニケーション戦略があった。
京樂:アパレルブランドの商品というのは、清涼飲料水や洗剤などの消費財と違い、洋服というその商品自体がものすごく人をワクワクさせるものなんですよね。単発のキャンペーンによる一時的な話題づくりでは、このブランドが自分のブランドだと思ってもらえる魅力を引き出しにくいかもしれません。さらに世の中のトレンドとどれくらい距離感を取るのか、詰めるのか、独自性を出すのかが重要ですので、トレンドを汲み取りながら、長期的なアプローチでお客様にワクワクしてもらう設計が他の業種より求められるのかもしれません。
渡辺:もちろんバズを作るようなキャンペーンは、お客様の印象には残りやすいと思います。しかし、お客様からすれば「それで私はどうなるの?」と、その先のビジョンが見えてこないと思うんです。いまはSNSが注目されていますが、メルマガやWebサイトや、店頭などお客様とのタッチポイントはたくさんあります。ただ派手なクリエイティブを見せるのではなく、そういったタッチポイントを通じて、お客様が本当にワクワクして商品を買いたくなるようなコミュニケーション戦略が重要です。
単発の企画で終わらないからこそ、ブランドは挑戦的な展開も可能になる。振れ幅を持ったクリエイティブはクリエイターとしても非常に楽しいはずだ。
京樂:単発のキャンペーンだと、リスクのある企画や、エッジの利いた企画はやはり試しづらいかもしれません。しかし長期的なキャンペーンであれば、今回はエッジの利いた企画で、新しいターゲットを掴み、ブランドのイメージを上げましょう、次はマス寄りの企画で、売上に繋がるようにしましょうという具合に、目的、ターゲットやクリエイティブに振れ幅を持たせた展開が可能になります。一つのブランドでも長期的なキャンペーンならクリエイターとしても挑戦できることが多く、楽しいのではないかと思います。
渡辺:中長期でPDCAを回していけるのも、長期的なキャンペーンだからこそ。こうした振れ幅を持ったいくつかのチャレンジの末に、ブランドの認知度や売上が上がったり、ブランドへの好意度がぐっと高くなったりといった結果が出てくるのが、最近のブランディングの特徴なのかなと思います。
緻密な提案でクライアントの不安を払拭し、クリエイティブの力でブランドを前進させる。
長期的なキャンペーンでは振れ幅を持たせられる一方、挑戦的な企画はリスクも伴う。SIMONEでは緻密で独自性のある論理的な提案を目指し、クライアントの不安を払拭し続けてきた。
渡辺:挑戦的な企画はそもそも見慣れないので、クライアントからすれば不安かもしれません。だからこそ、SIMONEでは提案の段階を緻密に進めています。「これ、かっこいいでしょ」みたいなプレゼンはやりません。「クリエイティブの力で、困っているブランドを前進させたい」というのが会社の基本の姿勢にあって、だからこその挑戦です。まず目的と課題を共有し、それに対してのメッセージを決め、順ずるクリエイティブのコンセプトが定まります。バジェットの中でいかに最大限のパフォーマンスを出せるか、デザイン、チーム、成果物のバリエーションを綿密に提案します。提案の段階での納得感、同じ方向を向ける関係づくりを心がけています。
京樂:果敢なクリエイティブアイデアを提案するときほど、世の中でおこっている色々な文脈、ファッションやデジタル、音楽、アートやグルメ、エンタメなど様々な事象や、ターゲットのマインドセットなどと提案するクリエイティブがどうつながるのか、なぜこのアイデアなのかという根拠を論理的に、でも情緒的に説明することを大事にしています。
渡辺:ビジュアライズを得意とするSIMONEですがそのビジュアルのアウトプットの場としては圧倒的にデジタル上での展開が増えています。店舗のように、ブランドの世界観に触れ、そのまま購入までできる。ブランディングの体験の場であると同時にアイテムを手にすることができる場です。そしてWebサイトやeコマースはもちろん、Instagramの投稿画像から小さなバナーひとつにまで、ブランドのDNAを気遣い、いわばプロダクトとしてわかりやすく、使いやすく機能させることに細心の注意を払っています。そのため、社内でも「なんでこれなの?」「本当にこれでいいの?」といったコミュニケーションはとても多いです。クライアントが求めることに対して、120%で打ち返せる内容なのかどうかを常に突き詰めていく風土がありますね。こういった環境なので、ロジカルな思考力はとても身につきます。
論理的だけど、直感的にワクワクするものが大事
「論理的に説明できるクリエイティブ」を求めるとはいえ、ただそのまま数字をクリエイティブに反映させることはしない。クリエイティブに “ひねり” を加える、それがSIMONEの強みだ。
渡辺:論理的に提案するとはいえ、やはり「かっこいい」「ワクワクする」といった感覚的なもの、直感的なものも大事です。ただ、提案の場で「かっこいいから」は通用しません。なぜ自分はこれを「かっこいい」と感じたのか、理由をつきとめるんです。世の中で流行っている映画も音楽も、すべて何かしら理由があるはずです。何も理由がなくて流行っているということは絶対ない、だから「なぜそれは人の気持ちを掴んでいるのか」を、リサーチしながら言語化していくことが重要だなと思います。
論理的でクールなメンバーが集っているのかと思いきや、SIMONEで働くメンバーは「お人好し」であり、デザインの力で課題を解決する「人助け」の会社であった。
京樂:SIMONEは、外から見るとクールな印象があるとよく言われます(笑)。だけど、そんなことは全然なくて。わたしはかなり「お人好し」な人が集まっているなと思っています。会社の姿勢の基本に、かっこいいクリエイティブよりも、困っている人を助けたい、みたいなマインドが大きいんです。そのためクライアントに満足していただけているとしたら、 それはメンバー1人ひとりにサービス精神があるというか、お人好しであることの結果なのかなと思います。
渡辺:中途半端なものを世の中に出したくない、というこだわりを持った人間が多いです。だからクライアントに納得いただけるものをつくるためには最後まで諦めないし、その先にいる消費者のことを考えます。デザインの力で課題を解決する「人助け」の会社なのだと思います。
感覚的なだけではない、根拠のあるクリエイティブとこだわりあるものづくり。SIMONEが求める人材の条件は、「課題意識」と「ピュアな好奇心」である。
渡辺:論理的思考が身についているともちろんベストですが、それよりも大切なのは「課題意識」があるかどうか。そもそも課題を見つけられないと、相手を助けられないし、論理的にもなれません。スキルは後から身につきます。だけど課題意識がないと前に進めない気がします。
京樂:さらに課題意識を持つためには、「ピュアな好奇心」があるかどうか、だと思います。ピュアな好奇心を持って、目の前のことにものすごく真剣に向き合えるかがすごく大切で。そうでないと、熱中して「どうやったらもっと良くなるのか」と考えるのが楽しいと思えないんじゃないかなと。逆にピュアな好奇心があれば、SIMONEは常に新しいことに挑戦し続けている、ある意味ルーチンワークのない会社なので、とても楽しめるのではないでしょうか。
取材を終えて
感覚的な「かっこ良さ」「お洒落さ」によって、エンドユーザーの消費行動が変わるアパレル業界。しかし、そのクリエイティブをつくる現場にあったのは、ロジカルな「根拠」であった。そして根拠に基づくブランディングは、クライアントのビジネスを成功へと導く。世の中の消費行動を変えるような本当のトレンド発信源はSIMONEにある、そう言っても過言ではないだろう。
取材・文:永田 優介 撮影:川島 勇輝