CREATOR INTERVIEW VOL.15
デザイナーは下請けではなく発注者。 「働き方」を定義するトレタのデザインとは
株式会社トレタ
「デザイナー」の役割を広く捉えるトレタ。
目指すのは、デザイン中心の組織である。
導入店舗数は1万店を突破し、99%という圧倒的な継続利用率を誇る飲食店向け予約・顧客台帳サービス「トレタ」。同サービスを運営する株式会社トレタは、デザインを制作フローの一部として捉えず、会社の価値をつくり出す存在と位置づけ、「デザイン中心の組織」を目指します。 そこで今回、代表取締役の中村仁氏、およびCDO(最高デザイン責任者)である上ノ郷谷太一氏に、トレタが考えるデザインとは何かお話を伺いました。
「価値の源泉をつくっているのはデザイナーである」トレタが考えるデザイン中心の組織とは
2015年3月にCDOとして上ノ郷谷太一氏がジョインし、「デザイン中心の組織」を目指すトレタ。現在6名のデザインチームは、トレタにおいて「会社としての価値をつくり出す存在」であるという。
上ノ郷谷:まだ「デザイン中心の組織」を目指している段階ではありますが、トレタではデザイナーの役割というものを広く捉えています。通常であれば、デザイナーというのはプロダクトに閉じがちなんですよね。そうなるとデザインはモノづくりのフローの一部になり、 “コスト” として捉えられてしまいます。
しかしサービス全体を見たときに、トレタとお客様の接点はプロダクト以外にもありますから、トレタではデザイナーはそういったお客様のライフサイクル全体に関わる存在であるべきだと考えています。
中村:デザイナーの役割がモノづくりのフローの一部になると、最終的にまわってきたものを綺麗にまとめて……と、下請けのポジションになってしまうんですよ。しかしデザイナーは下請けではなく、発注者の意識でやるべきだと思うんです。というのもトレタでは、デザイナーがそもそも会社の根源的な価値をつくり出す存在だと考えているからなんです。
何もないゼロの状態から、まず最初にデザイナーが価値をつくり出し、それをエンジニアが形にし、それに掛け算をしてお客様に届けるのがセールスやマーケティングのメンバー。つまり、価値の源泉をつくっているのはデザイナーであり、もしデザイナーが価値ゼロのものをつくってしまうと、後工程の人たちがどれだけ頑張っても価値はゼロなんです。それくらい、デザイナーは重要なポジションであると考えていますから、デザイナーのつくり出す価値が高まれば高まるほど、トレタという会社は良くなっていくのだと考えています。
上ノ郷谷:世の中における「デザイナー」の定義を再考すべきなのかもしれません。私たちは、デザイナーはモノづくりに閉じなくても良いと思っているんですね。例えば何かプロジェクトが始まります、というときにデザイン思考をプロジェクトの中に取り入れる、というのも重要なデザイナーの役割のひとつだと思っています。
中村:そしてトレタはより「デザイン中心の組織」へ変化していくために、デザイナーにもっと権限委譲しようとしています。ちょうどいま、トレタは新しいプロダクトをどんどん増やしていこうというフェーズにいます。そのため、単なるやらされ仕事ではなく、デザイナーに権限委譲をしてプロダクトに対する強いオーナーシップを持ち、彼らが良いと思うものを追求できるようにしていきたいと考えています。トップダウンではなく、良い意味で緊張関係を持った真剣勝負ができる組織を目指しています。
「トレタには、こだわり続けることが許される文化がある」経営者がアートを理解すべき理由
デザイン中心の組織を実現するためには、ロジカルな “サイエンス” の要素だけでなく、ときに主観を大切にする “アート” な経営が求められる。代表の中村氏こそがアート支持者のひとりであることは、トレタにおいて非常に大きな意味を持つ。
中村:大体どこの会社でも、サイエンス側とアート側の意見がぶつかったときにはアート側が弱くなりがちなんですよね。なぜなら、アートは「美しさ」など主観的な議論をせざるを得ないのに対して、サイエンスは明確かつ定量的なエビデンスを提示できるため、議論になるとどうしてもサイエンスに押し切られるケースが多くなってしまうんです。だからこそ、デザイン中心の組織を実現するためには、「誰かがアートを守らないといけない」と思っていて。そこでトレタの場合は、僕がアートの最大の支持者になろうと。なので敢えて「美しさ」みたいな価値観を積極的に訴えるように心がけています。
たとえば、社内でサードパーティのツールを導入するときも、僕がそのツールを触って「美しい」と感じなければ抵抗するんですよ。なぜなら、美しくないツールは使いたくなくなるじゃないですか。仕事をするモチベーションだって、目には見えないかもしれないけど下がってるはずなんです。逆にしっかりとデザインされた美しいツールは人の気持ちを上げる効果があると思うので、同じ仕事をするのでも気持ちよく使えるツールの方が生産性が上がると思うんですね。
そして以前に飲食店を経営していたときに感じたのは、お客様はデザインのプロではなくても、皮膚感覚でお店の本質を見抜いてしまうのだということ。お店を作るなら、過剰品質なくらいつくり込まないと、お客さんに手抜きがバレるんですよ。たとえばインテリアに「木」を使いたいけどコストがかかるから「木っぽいビニール」を使ってしまうと、お客さんはお店に足を踏み入れた瞬間の空気感で「なんか違う」「ちょっと安っぽい感じがする」と伝わってしまうんです。
そういった経験もあり、「トレタ」のアプリも細部にまで気配りしてつくり込むことを大切にしていて、単に美しいかどうかというレベルではなく、「官能面での気持ちよさ」まできちんと考えて作っていこうよ、という話をしています。
上ノ郷谷:現場からすると、中村が「一番うるさいユーザー」なんですよ。例えば中途半端なデザインが出てきたら、一番に中村が厳しい意見を言うんですよね。 “官能的な気持ちよさ” を追求するからこそ、人へ伝える時にもきちんとわかりやすく言語化することも徹底しています。「なんとなくこうしました」というデザインは、トレタでは認められません。
時折、中村が「レビューしようか」とデザイナーの席へ来るのですが、「今はまだいいです」と返すシーンもあったりするんですよ。デザイナーからしたら途中経過の完成度が低いものを見せたら、何を言われるか分かりませんから(笑)。だからこそ、ここまでいったら見せよう、という高い基準をトレタのデザインチームは持っていて、こだわっていないものが生まれにくい環境になっています。
こうした文化があることって、すごいことだとも思っていて。というのも、会社の中で細部へこだわり続けるのは、なかなか難しいことなんですよね。一方でトレタには、こだわり続けることが許される文化がある。「本当にそれでいいの?」といった直感的な心配事も発言ができ、議論が生まれる文化になっています。
中村:こだわり続ける文化を形成するために、実はオフィスもそれなりに考えてつくっているんですよ。インテリアの一つひとつは格別高級なものを使ってはいませんが、たとえばアンティーク的な空間を作りたいなら「なんちゃってアンティーク」ではなく本物のアンティークを使おうよと。「〜っぽいもの」「嘘のもの」を使わないことを大切にしています。なぜなら、嘘に囲まれると、本人たちも気づかないうちにそれが当たり前になってしまって、自分たちがつくるものも「〜っぽいもの」「嘘のもの」が生まれてしまうなと。
なので「〜っぽいもの」ではなく本物を追求するプレッシャーみたいなのものを、オフィスがメッセージとして持てるように、本物に囲まれる空間をつくりました。
トレタのデザインはユーザーの「働き方」を定義するからこそ、ユーザー視点が求められる
トレタが「美しさ」や「官能的な気持ちよさ」を追求するのは、すべてユーザーのためである。なぜならば、業務ツールとして「トレタ」のデザインはそのままユーザーの働き方を定義する存在であり、非合理的なツールはユーザーを苦しめ、生産性を下げる存在になってしまうからだ。
上ノ郷谷:私たちは業務ツールを提供するにあたって、「ユーザーをツールに没入させない」ということに最も気をつけています。ユーザーが求める結果に対して、いかに最短で迷わず、何も意識せずに使えるようにするかが重要なんですね。単に美しさを追求することに意味はなく、徹底的にユーザーのことを考え、サービスにアップデートがあったとしても、ユーザーはいつも通り使いながら無意識のうちにできることが増えている、という状態をつくらなくてはいけません。
私たちは「美しさ」や「気持ちよさ」にこだわるという話がありましたが、究極的にはユーザーはそれらを感じる必要もないんです。業務の中で「トレタ」というアプリを使っていることすら意識せず、空気のような存在になるのが理想だと考えています。
中村:つまり、「ユーザーの働き方をデザインする」ことがデザイナーの本来の仕事なんです。なぜなら、トレタのデザインは「予約管理や顧客管理はこうするのが最も合理的だ」ということ自体を定義していて、それがそのままユーザーの働き方を定義しているからです。
僕らのツールが変われば、現場の皆さんの働き方が変わってしまうんですよね。これはすごく重い責任を負っているのですが、同時にすごくやりがいのある仕事でもあります。「トレタ」が合理的なツールであれば、現場の働き方も合理的になりハッピーになります。でも逆に非合理的なものをつくってしまうと、ユーザーを苦しめ、生産性を下げてしまうんです。僕らはお店の繁盛のお手伝いをすることがミッションなのに、逆に予約管理を非効率にしてしまったら、お店の役に立つどころか邪魔な存在になってしまうでしょう。
そのため、ボタンひとつにしても、ユーザーの現場業務を深く理解した上で、なぜここにボタンを置くのか、なぜこの色なのか、ということを考え抜いて、ユーザーが迷わず、不安にならず、間違えずに安心して使えてはじめて「デザインの仕事をした」と言えるのだと考えています。
「BtoBツールカルチャーに革命を起こす」人の役に立っている手応えがあるからこそ面白い
BtoBツールは業務で使うものだからこそ、ボタンひとつ押すことさえもユーザーにとってはコストになってしまう。BtoBツールと言えど、機能だけを提供するのではなく、UI/UXにこだわることで、トレタはBtoBツールカルチャーに革命を起こそうとしている。
中村:創業時からミッションとして思っていることは、BtoBツールのあり方、イメージを変えなければいけないということです。UI/UXという言葉はtoC向けのサービスではよく語られますが、toB向けサービスではほぼ語られていないんですよね。そのため、使う側のことを考えずに、機能だけを提供するツールが世の中に多く存在しています。しかし僕らはそれではいけないのだと考えています。
飲食業界はIT化が遅れているとよく語られます。しかし、それは飲食業界の問題ではなく飲食業界が使いやすいツールを提供できなかった「開発側」、つまり我々の問題だと思うんですね。飲食業界をハッピーにするために、開発側が使いやすいツールを提供し、実際に飲食店に利用されなければ、食のイノベーションは実現できないと考えています。ですからまさにデザインの力を最大限活用して、誰もがITの恩恵にあずかれるようにしたいというのが僕らの考えです。そしてそれを実現できるのは、テクノロジーではなく、まさにデザインなんですよね。
上ノ郷谷:また、デザイナーにとってBtoBが面白いと感じる点として、ダイレクトにユーザーとの接点が持てることも挙げられます。toCのサービスだと、ユーザーの存在は意識できても、輪郭まではっきりしないんですよね。そのため、なので何万PVあって、何万ダウンロードあって……とユーザーが「数字」になってしまいます。一方でトレタの場合は、話そうと思えばユーザーであるお客様とすぐ話せる環境にありますし、お客様も「トレタ」の利用自体が仕事に直結しているため率直なフィードバックをくれます。
ダイレクトに「ありがとう」と言ってもらえて、人の役に立っている実感を持てるのは、とてもワクワクしますよ。なにかアクションをしてすぐにユーザーのリアルな反応が得られるのは、BtoBの仕事だからこその醍醐味だと思います。
そして、「トレタ」をご利用いただいている飲食店のその先には、お店に訪れる多くのお客様がいて、「トレタ」というツールが変われば、その先の数百万人ものお客様の「外食」のあり方も変わります。それくらいレバレッジの効くことをトレタはやっていて、そういったインパクトを生み出すのが、「デザイン」の力なんです。
いまはまだ6名しかいないデザインチームですが、デザインの持つ本当の力、デザインのポテンシャルを信じて、これからも「デザイン中心の組織」を目指していきたいと考えています。
取材を終えて
「価値の源泉をつくっているのはデザイナーである」という言葉が印象的なインタビュー。仮にデザイン思考が大切であると分かっていても、デザインがフローの一部になっている組織の場合はなかなか状況を変えることは難しいもの。
しかしトレタでは代表である中村氏がデザインの価値を信じ、そしてこだわり続けられる文化が社内にあるからこそ、デザインについて本質的な議論できる仲間がいて、「良いものをつくりたい」という欲求を満たせる環境がトレタにはあるのだと感じました。
今後は予約管理システム「トレタ」だけでなく、さまざまなプロダクトを展開し、デザイン中心の組織を形成していく株式会社トレタでは、いま「デザイナー」という肩書が再定義されようとしています。
UI/UXやWebデザインに限らず、広くデザインに経験がある方で、単に綺麗なものをつくるだけでなく、デザインで社会に本質的な価値を提供したい――そんな想いをトレタであれば実現できることでしょう。
取材・文:永田 優介 撮影:川島 勇輝